8月10日初日、名古屋から関西本線で最初の目的地の関宿散策。駅前から国道1号線を横断し、すぐのところです。
以前、長距離で深夜に走り抜けていた道路でした。
建物を修復していた持ち主とお話をしましたが、何かと大変だそうです。
工事中の内部を撮影させてもらいました。

柘植から草津線回りに奈良線へ入り、流れ橋に寄りました。

夜はホテルから燈花会を見物に行きました。
猿沢池と興福寺境内してみていませんが、素晴らしく、感動出来ました。

11日は大和三山ウォーク、腹を減らしながら耳成山を登山、降りてきて「おはしカフェ・ガスト」が開いていたので駆け込みました。
途中、藤原京跡と言うのがあり、寄ってみました。

ブ~ンブ~ンと耳にまとわりつく虫だらけの香久山を逃げるように降り畝傍山へ

山を降り、橿原神宮へ立ち寄りました。

そして、大坂夏の陣の戦いの場へと移動。

12日は高野山経由で和歌山までの予定。
和歌山線橋本駅で乗換です。南海橋本駅では高野山までの電車、ケーブル、バスの往復きっぷを2100円で購入しました。

画像の真ん中にある橋から先が撮影禁止、脱帽区域です。

帰りの電車を待ちます。ここを訪れれば極楽浄土は保証します。

予定では和歌山電鉄に乗って貴志駅のたま駅長に会いに行く予定でしたが、高野山でうろうろし過ぎて時間切れでした。
和歌山市駅から徒歩で和歌山城に行き、駅前で友人と軽く飲み交わしました。

13日、この日は盲腸線の乗りつぶしです。
まずは関空線、空港駅では特急が到着するとドドッと降りてきました。

阪和線支線の東羽衣駅、駅は出ませんでした。

仁徳天皇陵、陵を一回り歩くつもりでしたが、ガイドさんによると何も見えないと言うのでやめました。
これが一番よく分かるとガイドさんに言われ撮りました。

その後はガイドさんの自宅で昼食をご馳走になり、1時前に再出発です。
盲腸線のゆめ咲線桜島駅、JR難波駅(ここも出ませんでした)、京橋へ行き、地下を走る東西線に乗り神戸で下車。
その後は、朝夕、三菱社員専用の様な山陽本線支線和田岬線を乗りつぶし、奈良まで戻りました。

14日最終日、ホテルを出るときから真っ暗な空、なんとか傘も使わずに奈良駅まで行きました。
駅表示で「奈良線運休中」と出ていました。奈良線新田駅線路が水没したとかアナウンスが盛んに流れます。
おらが加茂行きはどうだ、何の表示もないから走るのだろうと、早く奈良を逃げなければと思う。

定刻1分過ぎに、兎に角加茂行きは走り出しました。
走り出したのですが、雨が凄い、雷が鳴り響いている。

加茂駅到着7時40分、定刻は6時25分なのでかなり遅れました。
昨日の奈良地酒飲み過ぎか腹の調子がいまいちで、駅のトイレに駆け込む。
トイレを出て、改札を出たら「代行バス」に乗れと言われ、強制的に代行バスの客となってしまいました。

バスは柘植駅まで連れて行ってくれました。
ここでも思案のしどころ、人生の選択です。亀山行きを待つか、草津線で東海道線へ出るか?
人生の選択は亀山行きを待ち、名松線に掛けました。
亀山へは、なんとか予定の紀勢本線列車の時刻前に着いたのだが、その紀勢本線鳥羽行きがまるで来る気配がない、電光掲示には9:23の表示、乗る予定の1本前の列車が来ていない。
ここで名松線は断念、時間つぶしに予定の亀山城趾見物に向かいました。

駅に戻ると、関西本線の時刻が表示されていた、戻るか・・と思った。
しかし駅員に問うと、現時点ではまだ不通とのこと、その後のことは言えないとことで戻るのも断念。
兎に角、名古屋まで行っておくかと名古屋行きに乗ることに。
しかし、名古屋に行くには早過ぎると思い直し、養老鉄道の始発である桑名で降りてみた、ついでに寂れた駅前から100mほど離れた食堂で昼食を食べました。
大垣まで出ようと養老鉄道に切符を790円も出し買って乗車。

大垣では東海道線支線美濃赤坂線に乗るつもりで来たのだが、なんと列車は2時間後まで無い・・・・・
無念の気持で東海道線名古屋行きに乗る、乗りながら、あれこれ考え、高山本線から太多線経由で中央線に抜け、名古屋に戻るコースを急遽思いつき岐阜で下車。
駅前には金ぴかのマントを背負ったちょんまげのおっさんがいました。

この日は人生の選択を何回したでしょう、10回はしましたね。
選択は難しいです。
青森の大湊で代行バスになったときも、その後の行動判断には厳しい選択がありました。
青森の東能代で「リゾートしらかみ」の運転が途中で運休になるかも知れないと放送されたときも厳しい選択を迫られました。
まあ、こんなときは自力本願より他力本願、お任せするのが一番と言うのが結論でしょうか。
ぼちぼち、ビデオ編集を始めますよ~