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  • ウォーキング危険猛暑

    恐ろしいほどの猛暑が続く日々です。
    さすがに、これほどの暑さでは長時間のウォーキングは無理と思い、エアコンを入れ引き籠もっています。
    16日の京急大師線沿いウォークを最後に休止中です。


  • つつじの館林散策

    5月1日(火)、船橋から東武線を利用して群馬県館林市まで出掛けて来ました。

    東武船橋駅→東武柏駅→春日部駅→東武動物公園駅→館林駅と乗換は多いですが、ほぼホーム反対側への乗換なので楽です。
    船橋から2時間ちょっと、乗車料金は往復で2,000円弱です。JRだと途中の久喜までで往復2,300円くらい掛かるので、時間は掛かりますが、船橋始発なので、乗り換えても館林までのんびり座れて楽に往復出来ます。急ぐ旅でもないので安い私鉄優先です。
    館林と言うと分福茶釜とツツジで有名ですが、館林うどんとかもありました。
    うどんは知らなかったですね。
    江戸初期には榊原康政と言う徳川四天王が治めた町でもあります。
    四天王と言うと本多忠勝がやはり江戸初期に大多喜を治めていました。後に桑名に転封されましたが、しばらくは息子が残っていました。
    大多喜町ではNHKの大河ドラマ誘致に張り切っています。
    さて、館林の駅前を東に進むとかつての館林城のあった地へと入ります。
    そこには鶴生田川が流れ、川には鯉のぼりが多数張られていました。

    川の先には城沼と言う大きな沼が広がり、湖岸にツツジ園があります。季節には有料になりますが、昨日は花が枯れつつあるので半額の入場料でした。

    城沼を一周し対岸からのツツジ園、遊覧船も運営されていました。

    館林駅に戻り、分福茶釜の茂林寺前まで戻りました。


  • 本年度お花見終了

    昨日はJR平井駅から旧中川沿いに花見ウォークをしました。そろそろおしまいかな!

    荒川放水路沿いに出て、小松川千本桜並木です。

    先日、1000本目を見つけたので、今回は目指せ1番、探しました。

    この木です。

    今日は木更津ウォーク、昨年も歩きましたが、今回は小櫃川方面でした。

    ここは昨年も訪れた矢那川沿いの桜並木です。

    太田山公園です。

    小櫃川沿い、来る8日にさくら祭りが予定されていますが・・・

    ゴールは久留里線祇園駅。もちろん無人。IC読取り機なし、券売機ナシ。と言うことで乗車証明書発行機がありました。


  • 御宿散策

    御宿と言うと、海水浴や月の沙漠を思い出す方が多いのではないでしょうか?
    昔は海女さんの町でした。

    詩人である加藤まさを氏が度々訪れ、最後はこの地に移住されこの地で眠られています。
    加藤まさお氏の作詞作品「月の沙漠」の像

    1609年(慶長14年)にフィリピンからメキシコへ向かうスペイン船が難破(373人)し、岩和田町民(当時300人ほど)総出で救助したのが縁で姉妹都市として結ばれています。
    この記念塔は1928年(昭和3年)に建てられました。

    列車や国道128号からは見えない山の上に大きな住宅地が展開されていたのには驚きました。
    土気あすみが丘チバリーヒルズの様な住宅地でした。

    大きなホテルの様な建物はラビドール御宿と言う介護付有料老人ホームです。

    外房線も日中は1時間に1本、14時台の列車に5分ほど間に合わず、15時台の列車で戻りました。
    また、駅付近の食事処もどこも14時以降は休憩に入る様で、開いている店は少なく、お値段も観光地価格、結局、駅前にあったスーパーでおにぎりを購入、駅の待合室でいただきました。コンビニは全く見掛けませんでした。
    コンビニもないので要注意です。


  • 旧中川沿いの河津桜

    平井駅から旧中川沿いを歩きました。

    この辺りの総武線は一駅毎に区が変わる面白いところです。
    市川から向かうと小岩は江戸川区、新小岩は葛飾区、平井は江戸川区、亀戸は江東区、錦糸町、両国は墨田区、浅草橋は台東区、秋葉原からは暫く千代田区です。
    そんな平井駅から荒川と旧中川の合流地点から旧中川沿いを総武線ガードした過ぎまで歩いて、河津桜は二箇所です。
    旧中川の荒川排出口

    ボートの乗船場です。

    総武線ガードからふれあい橋までの200mくらいの間です。対岸には亀戸中央公園があります。

    桜の間を総武線が走ります。

    総武線と634です。

    ここから先に河津桜はありませんでした。ソメイヨシノの木が見えるので、今暫くです。


  • 本佐倉城訪城

    本(もと)佐倉城に行って来ました。2回目の訪城です。
    国立歴史民俗博物館のある佐倉城以前に千葉氏が現亥鼻の地からこの地へ移転し、滅亡した地です。
    徳川の世になり、松平忠輝が一時封じられますが、その5年後に現在の佐倉城の地に移転をし、廃城となりました。

    京成大佐倉駅から駅付近の寺社を巡り、向かいました。

    千葉勝胤(かつたね)の建立した勝胤寺には千葉家の供養塔が残されています。

    将門口ノ宮神社
    千葉氏時代に将門を祀るために建立された神社で、江戸期に佐倉惣五郎も堀田正信によって祀られた神社です。

    本佐倉城に向かいます。セッテイ山(接待郭)で人質などが置かれたと考えられています。

    倉跡

    奥ノ山、千葉氏の氏神である妙見尊を祀る郭

    城山、ここが城の中心だったところです。

    Ⅳ郭と呼ばれている区画です。

    東山虎口、右側が東山です。虎口からは京成大佐倉駅に出られます。

    東山からの展望、京成電鉄が走り抜けてます。筑波山も遠望出来ます。

    東光寺ビョウ

    千葉氏の幟が揺れています。

    ユーカリが丘沿線で竹林火災があり、一時運休中となっていました。

    マップ

    詳細は
    https://www.town.shisui.chiba.jp/static/chunk0001/road_and_guidepost/motosaku/motosaku.html


  • 岩淵水門

    勝鬨橋から隅田川最上流まで全ての橋を5日間掛けて歩きました。
    1.勝鬨橋→2.佃大橋→3.中央大橋→4.永代橋→5.隅田川大橋→6.清洲橋→7.新大橋→8.両国橋→9.蔵前橋→10.厩橋→11.駒形橋→12.吾妻橋→13.言問橋→14.桜橋→15.白鬚橋→16.水神大橋→17.千住汐入大橋→18.千住大橋→19.尾竹橋→20.尾久橋→21.小台橋→22.豊島橋→23.新豊橋→24.新田(しんでん)橋→25.新神谷橋→26.岩淵水門
    人が通れる橋は全部で25橋あります。
    最後が岩淵水門です。この水門も人は歩くことが出来ます。

    こちらが隅田川最上流の橋「新神谷橋」です。環七が通じています。

    新神谷橋から隅田川沿いに上流を目指すと水門が見えて来ます。

    さらに上流に大正時代に完成した旧岩淵水門があります。

    こちらの水門も渡ることが出来ます。

    ここから先の上流は荒川となります。

    荒川から荒川放水路と分かれ、ここが隅田川の最上流地点です。

    旧岩淵水門近くには荒川知水資料館があり、トイレが利用出来ます。

    最寄駅はJR赤羽駅か埼玉高速鉄道赤羽岩淵駅です。
    岩淵水門まではJR赤羽駅からのんびり歩いても30分ほどです。