鉄道で始まった初詣

正月も先日箱根駅伝をテレビで観たなと思ったら、もう下旬になろうかとしています。

とある冊子に興味深いことが載っていました。
現在、初詣でと言うと正月三が日がメインとなっていますが、江戸時代には現在の様な姿の初詣は無かったそうです。
当時は恵方詣りと言って、元日に自宅の恵方方角(歳徳神の居る方角)の社寺に参るのが一般的なのと、近くの社寺へは初縁日に出掛けていたそうです。
それが明治になり、汽笛一声から正月休みに「陸蒸気に乗って川崎大師に行ってみるか」と詣る様になったのが始まりだそうです。
その後、国鉄と京急でその初詣客の奪い合いが始まります。
そして、熾烈を極めたのが大正期の成田山詣での国鉄と京成との過激な競争です。
昭和に入り、国鉄が大晦日に両国から臨時列車を走らせると、京成は翌年から終夜運転で対抗、ここから大晦日の除夜の鐘を聞きながら参拝する「二年参り」が始まったそうです。
これが全国に広まったのですね。
国鉄と私鉄の熾烈な戦いが現在の「初詣」を定着させたのです。
「初詣」、以外と歴史は新しい様です。
明治時代に明治神宮はありませんので、川崎大師か成田山が関東一の人出だったのかも知れませんね。
時代は変わり、現代は鉄道と高速バスの戦いが日常化しています。


鉄道で始まった初詣への2件のコメント

  1. アバター 呑兵衛あな
    呑兵衛あな コメント投稿者

    信仰心の無い私は初詣はしません。そもそも、神社で手を合わせる事をしません。
    しかし、昔は酒を飲む為に初詣のお供をしては、鳥居のあたりでタバコしながら待っていました。
    「イワシの頭も信心から」とも言いますから、他人様が信じている事をドウコウ言うつもりはありませんが。
    本文で愚呑さんが書いているような起こりで、素人は詣でるのでしょう。
    きっと、私の様に酒を飲みに行くのも多いのでは

    • アバター 愚呑庵 歩太郎
      愚呑庵 歩太郎 コメント投稿者

      日本人は混んでいるところが大好きな様で、人が多いところに集まります。
      行列が出来ていると何か知らないことでも並ぶ人もいるらしいです。
      初詣もそんなことで、行楽のひとつで、まあ賑やかなのが好きなんでしょう?
      訳も分からずお参りしている他宗の外国人よりはましでしょうね。
      外国の金髪さんが拝殿で二礼二拍一礼しているのが不思議でなりません。
      彼らも行楽なのでしょう。
      わたしは初詣は何処でも良いのですが、近くの神社では干支の焼き印を押した升付き一杯800円が目的で訪れていますが・・
      数年前に100円値上げしたのが悔しい。
      ウォーキングで飽きるほど社寺を巡っていますが、神様仏様は金銭価値が分からないと思い、お賽銭は滅多に出しません。流行の御朱印なんてとんでもないです。
      まあ、これまで元気で過ごせた感謝で「ありがとうさん」と鈴や鰐口を鳴らして音色を楽しんでいます。
      願い事を頼んでも、そんな都合良く聞いてはくれませんからね。
      田舎の集落の中にポツンとある社寺が好きです。